全国に残る八百比丘尼の足跡をまとめています

三重県安濃町に伝わる八百比丘尼の物語

その昔、三重の経ヶ峰(きょうがみね)の中ほどにある草生(くさわ)の里に、お里という美しい娘が住んでいた。

お里が十七の時、村の無尽講(むじんこう)で人魚の肉が出されたことがあった。

村人は誰も気味悪がり、箸をつけようともしない。ただお里だけは、知らずにその肉を食べてしまった。

それから何十年経っても彼女は若いままだったので、村人は気味悪がり、ついにお里は村を出て、国中を巡(めぐ)り歩いたそうだ。

各地でさまざまな人助けをし、最後は懐かしくなってこの地に戻ってきた。

そして生まれ育った草生の神子谷(むこうだに)にある「常明寺(じょうみょうじ)」というお寺で、その生涯を閉じたという。

「黄金の鶏(にわとり)と縄(なわ)とを朝日照る、夕日輝(かがや)く二つ葉のもとに埋(う)めたれば、他日草生衰亡(すいぼう)の時来たらばこれを掘(ほ)り出せ」 

という遺言が残されている。

常明寺跡には仲之郷にある比佐豆知菅原神社の駐車場から林道を登って行くことになる。右手に看板が見えるので、そこから登る。

ハイキングというより登山に近いので、しっかり準備して訪れることをおすすめする。

また近くにある「赤地蔵」も八百比丘尼にまつわるものとされている。

おそらくハイキングコースの入り口になるであろう比佐豆知(ひさずち)菅原神社では、たくさんの椿が出迎えてくれました。

自分のnoteにも記事があるので、リンクさせていただきます。

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