神奈川県足柄下郡箱根町元箱根には、八百比丘尼の墓と言われるものが残されている。
昔、元箱根の精進池(しょうじんがいけ)周辺は火山の影響もあり、荒涼とした「地獄の入り口」のようだったと考えられ、大変恐れられていた場所でもあった。
現在残っているものは、江戸時代に描かれていた資料を元に復元したもの。
以下、箱根町のHPより抜粋させていただきました。
精進池のほとりにある宝篋印塔の残欠で、全国各地に伝説の残る「八百比丘尼」の墓と呼ばれています。室町時代初めの「観応元年」銘があって、石仏群草創に続く時期に造られた石塔です。
整備前においてもすでに正しい姿は失われており、また発掘調査によっても遺構は発見されませんでした。
そこで整備にあたっては現在確認できる最も古い資料である『七湯の枝折』(文化8年—1811)に描かれた姿をもとに復元しました。
受台部分に観応元年(1350)の年紀を有する刻銘があり、石仏群草創に続く時期の作善の様子を伝える数少ない遺物の一つです。



なぜこの宝篋印塔が「八百比丘尼の墓」と呼ばれるようになったのかはわかっていない。この場所を越えようとして命を落とした比丘尼を弔ったものかもしれない。




